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淫逸荒廃 淫遊交配

恋したい 恋い慕い

エゴイズムな

恋愛アルゴリズム

 

 [永遠]なんてものはない。

 

 命ある者がその身で認識する時間は[有限]だからだ。

 

 人は、いつか死ぬ。

 

 特に、恋愛において[永遠]はありえない。

 

 出会い、結ばれ、離別または死別する。

 

 なのになぜ人は「ずっと」「いつまでも」などと[無限]を口にするのか。

 

 とある学校内の廊下で、とある保健教諭が、とある生徒とすれ違いざま密かな笑みを視界の隅で確かめ合う、あの一瞬は……

 

 [無限]でも[夢幻]でも何でもいんじゃね。

​・・・・・

 

『慧! 聞いて聞いてー! 今ね、高校の時の友達と会ってたー!』

 

 深夜に着信を告げた携帯電話で、眠りを妨げられる。

 

『その子ね同級生と結婚してね、35年ローンで家を建てるんだってー!! でもそんなの定年になっちゃうよねー!!』

 

「……」

 

『別に慧をあせらせるつもりじゃなかったんだけどー。……あ、今まずかった!? 女!?』

 

「……オマエ、いま何時だと思ってんだ」

 

「え? 25時!」

 

 同窓会帰りというその女は、駅から自宅までの道で深夜の住宅街で声を張り上げた。

 

 危ないからタクシーで帰れとも伝えたが、彼女は話がしたいと言って聞かない。

 

 そんな彼女の様子に、宮城には少し嫌な予感があった。

 

『――慧。あのね、私達もそろそろ、色々ちゃんとしない……?』

 

 彼女とは、付き合っているわけでも何でもない。

 

 時間が合えば会うだけの、都合のいい関係を保ってきた。

 

 しかし同級生の結婚を機にあせりだしたようだ。

 

 ……潮時だ。

 

『慧、今から行っても……』

 

「ダメだ。……もう会えねー」

 

『やだ、何言って……』

 

「分かるだろ。切るぞ」

 

『やだ! お願い待って……!!』

 

 悲痛な女の叫びを、通話ボタン一つで簡単に遮断することも出来たが、……親指が動かなかった。

 

 ここで同情してはいけないのに、宮城には迷いが生じた。

 

『そっか、慧、彼女が出来たんだ……』

 

「いや。そうじゃねーんだ」

 

『え、片想い!? なのに私みたいな便利な女と手を切るなんて、慧どうかしてるよ!!』

 

「便利って。自分で言うな」

 

『だって私なら他に女がいても全部許すのに! 慧ほんとにどうしちゃったの!?』

 

「あー……ほんと、そーだな」

 

『そーだよなって、何それっ……そんなに好きなの……!?』

 

 ――全く、物分かりのいい、実に都合のいい女だ。

 

 いつまでもそんな女のままでいないでくれ。

 

『慧、変わったね。誰が慧を、そんな男にしちゃったんだろ』

 

「そんな男って。どんなだ」

 

 いつか終わりの来る関係だと、お互い初めから知っていたのに。

 

『じゃあ、元気でね……』

 

「待て。お前、家着いたか」

 

『さっき着いたよ。いま家の前』

 

「そうか。じゃあ……今まで」

 

『今までありがとね、慧』

 

「っお前、俺のセリフを」

 

『聞きたくない。でも本当にありがとう。だから、……さよなら』

 

「……ああ」

 

 ブツッ、と電波を切り、つながりを絶つ音は、名残を惜しむ間もなく告げられた。

 

 これまで別れはもっと上手にやっていた。

 

 どちらともなく音信不通になるか、不特定多数の女と付き合う宮城を見限り、女から離れていく。

 

 別れを切り出すより楽だから。

 

 こんな胸が痛むような別れをしたくなかったから……。

 

 ――“慧、変わったね。誰が慧を、そんな男にしちゃったんだろ”

 

【chapter05】――――――――――――――――――――――――――

 本日の天気予報

 【晴れ/雷雨】

 

 晴れのち雷とは、青天ならぬ晴天の霹靂か。

 

 だが天気予報というのは、当てにしすぎてもいけない。

 

 白や黒、灰色といった無彩色しかない殺風景な保健室で、宮城はカーテンを開け放ち、有彩色である空色を取り込んだ。

 

 しかし、窓を開け冬の寒気で換気をするも、室内の温度が下がるとすぐに窓を閉めた。

 

 外の新鮮な空気を取り込むことは、風邪やインフルエンザの予防に有効な対策だが、――猫は、寒さに弱いからだ。

 

 案の定、昼休みになると黒猫がやってきた。

 

 運動場に通じる横開きのドアをそっと開けて侵入し、ベッドに横たわる宮城を見つけると、いきなり布団の上へとダイブした。

 

「ぐっ……、オマエ重くなったな! 腹の上に乗るなよ!」

 

 “重い”という言葉は、レディには失言だったようだ。

 

 彼女は恨めしげに宮城をひと睨みし、ツンとそっぽを向いて、宮城の腕に頬を寄せる。

 

「オイ、そこで寝るなよ……」

 

 すぐに小さな寝息を立てる警戒心のなさに、無愛想に見える彼女が宮城に心を許していると分かる。

 

 宮城は彼女を起さないよう、静かに横になって天井を見上げた。

 

 ――と、そこへ、2匹目の大きな猫がドアを開けてやって来る。

 

「宮城先生ー。……ぎゃっ、何その猫!!」

 

 黒猫は美穂の声に驚き、ベッドからストンと降りると、再びドアの隙間から外へと飛び出していった。

 

「……あーあ。行っちまった」

 

 起き上がって黒猫を見送る宮城に続き、美穂も運動場に目をやるが、その姿はもうどこにもない。

 

「何、さっきの猫。飼ってんの?」

 

「いや。猫アレルギーの生徒もいるからな、室内に入れるのはあまり良くねーんだ」

 

「いつも来てた? 全然知らなかったけど」

 

「アイツはやたら警戒心が強いからな。エサをやったら、たまに顔見せるようになったんだ」

 

 ドアを閉め椅子に腰を落とす宮城に続き、美穂もベッドに腰をかける。

 

 人一倍警戒心の強いこの2匹目の黒猫も、今ではすっかり宮城に気を許しているようだ。

 

 ……ところが、攻撃のために爪を立てることはない黒猫も、時には無自覚に宮城を傷付ける。

 

「ねぇ。全然関係ない話していい?」

 

「あぁ? なんだよ」

 

「男の人って、さみしいって感情あるの?」

 

 彼女の何気ない言葉は、切れ味のいい刃物のように、宮城の胸をザクリと斬った。

 

「お前な……」

 

「なに」

 

「殺すぞ」

 

「は!? 殺!? な、なんで!?」

 

 急に不機嫌そうになる宮城の様子に、美穂はたじろいだ。

 

 宮城は火をつけた煙草を口にはせず、うなだれるように手を額に当てた。

 

 ――昨日は一体誰のために他の女と別れたと思ってんだ。

 

 美穂のせいではないが、美穂が原因であることは確か。

 

 男とはいえ、……いや男の方が、心の内部はナイーブなんだよマイハニー。

 

「あー。もしかして、女と別れた! とか!」

 

「……」

 

「図星!? それでちょっと元気ないの!?」

 

「……」

 

「え、まさかと思うけど、……私のせいじゃない、よね……」

 

「……」

 

「ほら、えっと……私、保健室の合鍵もってるから、それでとか……」

 

「……そーだ」

 

「え?」

 

「合鍵どころか、――オマエ自体が原因なんだよ」

 

「え……」

 

 真顔で視線を投げかける宮城に、美穂は少し焦ったようだ。

 

 そのままじっと見つめてみると、美穂はさらに困ったように、大きな瞳を下に伏せた。

 

 ‥‥

 少しくらい

 照れとか

 ねーのかよ

 

 ――いや、美穂はここで喜ぶ女ではない。

 

 長い付き合いのあった女を傷付けたことで、宮城自身もまいっていたし、その空しさを埋めようと、美穂にあたるのも筋違いだ。

 

 宮城は小さく笑い、美穂に安心感を与える。

 

「フッ。バーカ。冗談だっつの」

 

「……あ、そ、そっか。そうだよね」

 

 例えば、今――美穂への想いを明かしても、自分の気持ちを押し付けることにしかならないだろう。

 

 女関係を清算したのは、いつか美穂に気持ちが伝わればいいという宮城なりのケジメだ。

 

 急いで答えを求めることでもない。

 

「俺はな美穂。ヤれる女が減って、下半身がさみしいだけだ」

 

「……な、何それ。まだ他にも女いるんだ」

 

「いや。もうオマエだけだよ」

 

「……な、……何、それ……」

 

 無節操だった宮城の言葉に、美穂は頬を赤らめた。

 

 ‥‥

 何だよ

 そこで照れるのかよ

 

「フッ。喜んでんじゃねーよ。エロ女」

 

「ち、違うし! 宮城先生の、性欲減退!!」

 

「性欲減退言うな。エロ女」

 

「宮城先生の、年男!!」

 

「年男言うな。エロ女……それどーゆー意味だコラ、歳ってことかよ! ――…熱ッ!!」

 

 煙草を燃やす熱が指にまで近付き、手放した煙草が床に落ちると、宮城は慌ててそれを靴で踏みつけ火を消した。

 

 その様子に、美穂はおかしそうに腹を抱える。

 

「ぶはっ。宮城先生、だいじょーぶー?」

 

「うるせー。全部テメーのせいだからな」

 

「あー、また人のせいにしてるー」

 

「……」

 

 クソッ、カッコつかねー。

 

 ……つか女と別れたのは性欲減退じゃねーし、歳のせいでもねーし!

 

 美穂のためだと気付けよ、察しろよ!!

 

 全部

 愛なのに

 アイロニー

 

 わかってくれよ

 マイハニー

 

 直球やめてカーブ投げてんのに、投球にすら気付かれてねーし。

 

「なぁ美穂。俺まさに今さみしんだけど」

 

「は? なんで今さみしいの?」

 

 お前につれなくされちゃってるからさ。

 

 宮城はおもむろに立ち上がり、美穂の腰かけるベッドの横、廊下側のベッドへと戻る。

 

 そして体を投げ出すように、そのままゴロンと横になった。

 

「俺がかわいそーだろ。早く何とかしてやれよ、美穂」

 

「なんで。何とかしてくれ、じゃないの? なんでエラそうなの?」

 

「いーから。早く俺様をなぐさめろ」

 

「なぐさめてください、じゃないの? どうしてほしいわけ?」

 

 どうしてほしいってお前、ナニされても大歓迎だけど。

 

「ナニされても大歓迎だけど」

 

「意味わかんない」

 

 わかれよ!

 

 お前を求めてるんだっつーの!

 

 ったく、美穂はあの猫のように、自分から俺の上に乗ることはねーのか。

 

 チラリと美穂に目をやると、美穂は運動場の方を眺め、宮城には背を向け続けている。

 

 長く黒い髪で表情を覆い、宮城にはそれを見せない。

 

 振り向けよ、こっち向けよ。

 

 哀を説くから、愛を解けよ。

 

「何でもいいから美穂。早く俺をなぐさめろや」

 

「なんで。やだ」

 

「お前にしか出来ねーんだよ。早くなぐさめろ」

 

「なんで。やだ」

 

「いーじゃねーか。早くなめさせろ」

 

「なん、……は!? ど、どこを!? 絶対やだ!!」

 

 やっと振り向いた美穂の、明るい声に癒される。

 

 こうして何気ない会話をしているだけで、充分。

 

 ……なわけねーだろ、早く舐めさせてくれ。

 

 早く触れさせてく……

 

 ――いや、ちょっと待て。

 

 少し巻き戻してみよう、あの質問は、何だ?

 

 “男の人って、さみしいって感情あるの?”

 

 『男』って何だ、誰の代名詞だ。

 

 美穂の憧れの君か?

 

 それとも、美穂に何かあったのか。

 

「――なぁ美穂。女には、さみしーって感情ねーのかよ」

 

 美穂が宮城にした問いを、同じように返してみる。

 

 この場合の『女』は、『美穂』の代名詞。

 

 =つまり、“美穂はさみしいのか?”

 

「……さぁ。知らない」

 

 美穂はツンとすまして答え、再びそっぽを向く。

 

 ‥‥あー、

 こりゃ絶対

 何かあったな

 

 こちらが美穂のなぐさめに回ってもいいが、……美穂は素直には受け入れないだろう。

 

 それなら、やはり美穂を招くしかない。

 

「なぁ美穂」

 

「なに」

 

「早く俺をなぐさめてくれよ」

 

「まだ言ってる。やだ」

 

「あーそう。いいか美穂、よく聞け」

 

「なに」

 

「早く俺を、……なぐさめてください」

 

「……え、な、何それ! ちょっと今のもう一回言って」

 

「ざけんな。早くなぐさめろバーカ」

 

「何なの、そんなになぐさめて欲しいの!?」

 

 美穂は仕方なさそうに言いながらも、笑顔を浮かべていた。

 

 そしてベッドから飛び降り、反対側のベッドに回ると、宮城へと手を伸ばし……。

 

「よしよし。いい子いい子」

 

「……」

 

 ナデナデと頭を撫でやがった。

 

 しかも、ちょっと遠慮がちに。

 

「……コラ。何のつもりだそれは」

 

「え。だめ?」

 

「もっと真面目にやれ」

 

「真面目に? こう?」

 

「いや、真面目にナデナデすん、……あー、これはこれで気持ちいいな。……ってオイ」

 

 あきれる宮城に対し、美穂は幼子に接するように、宮城のクセ毛頭をぽんぽんと軽くたたく。

 

「じゃあ、こうかな」

 

「いや、だからそーゆー……あー、それもなかなか……ってオイ」

 

 美穂の腹部に手の甲をポンと当てると、美穂は再び明るい笑顔を見せた。

 

 深刻に落ち込んでいるわけではないようだ。

 

 妙な気遣いをするより、普通に接する方がいいだろう。

 

「けどな美穂。そんなんじゃ俺の元気は出ねー」

 

「じゃあ、どうして欲しいわけ?」

 

「大人のなぐさめ方があんだろが」

 

 そう言って宮城が目を閉じてみせると、美穂は割と素直に、思った通りの行動を取った。

 

「はい。……これで、どう?」

 

「……」

 

 しかし、それは一瞬のキスだった。

 

 しかも、人差し指で。

 

「……オイ。何だそりゃ」

 

「えっと。大人のなぐさめ方?」

 

「そりゃ体を慰めることだろ。しかも指って何だ。バカにしてんのか」

 

「あ。バレてた」

 

「テメー……ダメだ。やり直せ」

 

 グイッ、と腕をつかみ、美穂の上体ごと引き寄せる。

 

 驚いた美穂はバランスを崩し、ベッドに寝そべる宮城の上で、体を支えようとシーツの上に手をつく。

 

 それでもなお腕を引き、美穂を自分の胸の上に落とすと、宮城はその後頭部に手をまわし、互いの口唇を重ね合わせる。

 

「――っん、ふ……っ!」

 

 頭を押さえ付け、唇を唇で塞ぎ、逃げようとする美穂の口内へと舌を伸ばす。

 

 小さな水音を伴い、内へと割り込ませて舌を絡ませようとすると、美穂は体をビクリと強張らせた。

 

 ‥何だ今更

 怖がるな

 

 心悲しいキスにさせるな

 

 深追いを諦めて美穂を解放しようとすると、今度は逆に、美穂の舌が宮城の口内へと割り込んできた。

 

 おどおどと不器用ながらに、しかし次第に大胆に、濡れた唇を押し付けては舌に噛みつく。

 

 そして髪を耳にかけ、首を傾けてはキスに変化を付けようとする美穂を眺めるうち、いつのまにか宮城は受け身に回っていた。

 

「んっ……ぷはっ、……はぁ、はぁっ……、こ、こんな感じ? 宮城先生……」

 

 ほんのりと顔を紅潮させ、ペロリと下唇を舐める美穂は、無邪気な子供のいたずらのように大人のキスを披露してみせた。

 

 ‥‥何だそれ

 なかなかやるな

 

 心恋しいキスしやがって

 

「フッ。ヤるなお前」

 

「ほんと? 元気出た?」

 

「見ろ。テメーのせいで、下半身が元気になった」

 

「な、なんでそっちがっ……、エロ先生!」

 

「うるせー。黙れエロ美穂。全部テメーのせいだからな。責任とれ」

 

「え。それって……」

 

「俺の体をなぐさめろや」

 

「――…っ!」

 

 真っ赤になる美穂は、一瞬で“なぐさめ”の行為を妄想したのだろう。

 

 真っ先に拒んでいたなら、冗談で濁してやったものを。

 

 まんざらでもなさそうだから、実行あるのみ。

 

「美穂」

 

「なっ、なにっ……」

 

「優しくしてくれよな」

 

「――…っ!!」

 

 宮城が受け。

 

 美穂が攻め。

 

 これはこれで、面白そーだな。

 

「……で、……で、でも……」

 

「何だよ。早くしろ」

 

「なにしたらいいか、わかんないし……」

 

「何でもいい。お前が俺をリードすんだよ。さァ、キスの次は何してくれんだ?」

 

「……っ」

 

 赤面したまま棒立ちになる美穂は、同じく棒勃ちになる宮城自身を凝視する。

 

 主導権、イニシアチブを握らせた途端、恥部を握る気か。

 

 まぁここは彼女の好きにさせてやろう。

 

「……いーよ。じゃあ、脱がす……、ね」

 

 白衣に手をかけ、シャツのボタンを外そうとする美穂は、長い髪で照れくささを隠しているようだった。

 

 どんな顔で男を襲うのか眺めてやろうと、宮城が黒髪を耳にかけると、美穂はくすぐったそうに肩をすくめる。

 

 なかなかいい眺めだ、一部始終をデジカメに収め、映画を楽しもうと購入した大型の52型液晶テレビで満喫したい。

 

 だがそれでは、つたない手付きや震える指の感触までは再生不可。

 

 付加価値こそが、本日の性交、成功の醍醐味。

 

「美穂、お前ほんと不器用だな。ボタンも外せないのかよ」

 

「だって、向き…横からだし、反対だし……」

 

「向きねぇ。じゃ、こーしろよ」

 

「え、……わ、わっ……!」

 

 美穂の腰をつかんでフワリと抱え上げ、宮城は自分の腹の上に彼女を乗せた。

 

 ――本当は人ひとり持ち上げるのに、「フワリ」どころではなかったが。

 

 多少の無理など、おくびにも出さないのが男というもの。

 

「の、乗っちゃった…。宮城先生、力あるね」

 

「お前は軽すぎるな。もう少し太れよ」

 

「やだ。そんなの」

 

 上履きを脱ぎ床にポイポイと投げ捨てる美穂は、体重を気にしているのか宮城にまたがり膝立ちのまま。

 

 それ以上宮城に触れようとしないのは、先を進めることに躊躇しているようだ。

 

 ‥‥

 しょーがねーな

 

「美穂。逆」

 

「へ? 何が?」

 

「逆向け。反対」

 

「え? は、はんたい……?」

 

 太股を撫でる宮城にうながされ、美穂は仕方なくベッドの上で立ち上がり、スカートを前後で押さえて向きを変えた。

 

 下着を隠す羞恥心も結構だが、この後ベッドの上で、そんなもの無意味と知るだろう。

 

 ‥‥もっと

 恥ずかしいこと

 させてやるからな

 

「や、やっ……! ちょっ、宮城先生っ……!?」

 

 膝で立つ美穂のスカートの中に手を入れ、下着を一気に膝まで下げる。

 

「あっ、なんで脱がすのっ……やだっ、見ないでよ……!」

 

「何してんだ。早く俺をなぐさめろ」

 

 俺も美穂を

 なぐさめてやるよ

 

「お前の手と口で、俺を癒してくれよ」

 

 俺も美穂を

 癒してやるから

 

「もっと腰落とせ。俺近眼だから見えねんだけど」

 

「やっ…、あ……っ!!」

 

 怖がるように逃げる美穂の太腿をつかみ、無理矢理に腰を落とさせる。

 

 脱がせた下着をベッド脇に置き、自分の上で股を開く美穂に、フッと息を吹きかける。

 

 露わにされた恥部に生温かい吐息を感じた美穂は、ビクンと体を震わせるが、宮城に押さえつけられ逃れられない。

 

「や、やぁっ…、やだぁっ、こんなのはずかしいよ……っ!」

 

「おい隠すな。お前の手は、コッチ」

 

「~~…っ…!」

 

 宮城が美穂の手を自分の下半身に向けさせると、怒った美穂は迷いが吹っ切れたように、宮城の腰のベルトに手をかけた。

 

 美穂がチャックを降ろしてズボンを下げるその間、宮城は薄桃に色付く花をつぶさに鑑賞する。

 

「なんだよ。全然濡れてねーなー」

 

「っ……や、……み、ないでっ……」

 

「そう言うな。この距離なら、アナルのシワまで数えられるぞ」

 

「は!? さ、さいあく……!!」

 

「コラ。だから逃げんなバカ」

 

 腰の引ける美穂の太腿を、再びグンと引き寄せ戒める。

 

「あっ…、もぉぉっ……!」

 

 美穂はやり場のない憤りをぶつけるように、積極的にボクサーパンツを膝まで降ろして息子を露出させた。

 

「う…。超勃ってる……」

 

「お前もな。もう濡れてきたぞ。まだ何もしてねーのにな」

 

「え、う、うそ、そんなっ……」

 

「見られて感じたのか。もっとよく見せてみろ」

 

「あっ…だめ、やぁっ、いやぁぁっ……!!」

 

 花唇を指で押し広げ、花弁を開かせると、秘園は物欲しそうに、うっすらと蜜を潤していた。

 

 これまでの教育の賜物か――全く、愛育しがいのある女だ。

 

 さて、調教のお時間だ。

 

「おい美穂。お前なんか期待してるよーだけどな」

 

「き、きたいなんか、してないしっ……」

 

「なら丁度いい。俺ァお前から言われない限り、何もしねーから」

 

「なにもって、そこ…まで、してるくせに……」

 

「るせー。いーからお前、ちゃんと俺をリードしろよ」

 

「どう、やって……っ」

 

「俺に触りながら、美穂はどこをどうしてほしいか。ちゃんと言えってことだ」

 

「……、……っ!!」

 

 美穂はうろたえ、宮城の上で足を開いたまま、動けなくなってしまったかのように硬直した。

 

 僅かに動きをみせるのは震えのみで、宮城が太股を撫でてやると、くすぐったいのか上半身をびくびくと痙攣させる。

 

「どーした。早くしろ。まさかテメー、それで俺をじらしてるつもりか?」

 

「っ……それ、宮城先生のほう、だからっ……」

 

「そーか? 俺は別にこのままでも構わねんだけど。いい眺めだしな」

 

「……っほんと、……さいあく……っ」

 

 最悪?

 罪悪なのは

 お前の色香だ

 

 初々しくも艶やかな花冠は、かぐわしい蜜を孕む花弁を今にも咲かせようとし、蜜などは今にもあふれてしまいそうだ。

 

 本当は何をどうすればいいか、以前教え込まれた美穂なら知っているはず。

 

 彼女の行動を抑制しているのは廉恥の戸惑いだ。

 

 それなら仕方ない、破廉恥な後押しをしてやろう。

 

「しょーがねーな。ちょっと待ってろ」

 

「な……、何……っ?」

 

 はだけた白衣のポケットをあさり、ガサゴソと何かを取り出す宮城に、美穂にはマイナス方面の予感しかなかった。

 

 振り向こうとすると「見るな」と一喝され、唯一手がかりになる背後の音は、ジョキジョキと何かを切り取る様子しか知らせない。

 

 と、自分の秘裂に冷たい何かが触れ、宮城の指にグリグリと押さえ付けられた。

 

「っあ、やっ、冷た……っ! な、なんなの……!?」

 

「あー。冷湿布をクリトリスに貼ったからな」

 

「は!? しっぷ、…って、アッ……なんか、しみるんだけど……っ」

 

「そうだな。お前の患部っつか感部が熱くなるほど、湿布が効くだろうよ」

 

「や、やーっ! おさえないでっ…しみちゃ、ぅ、あぁっ、あぁぁ……っ!」

 

 押さえ付けたのは不綿性のメディカルテープで止めたからで、今の美穂にはそれすらも快感につながってしまうようだ。

 

 テープは不透明の防水タイプだから、いくらか濡れても大丈夫だろう。

 

「やらしーな。どんどん濡れてくるぞ。たまんねーな、早く69させてくれよ」

 

「ぁ、あっ、やぁぁ……宮城せんせ、ぇ、あぁぁ……っ…!」

 

 湿布は炎症の抑制効果を持ち、貼りつけられた面積から、強力な消炎鎮痛剤として働きかける。

 

 冷却成分をもって患部の熱を鎮めようとし、逆にそれが赤く腫れた淫核への刺激となって、催淫効果をもたらしていく。

 

「ふぁぁっ……あぁ、冷たっ…ぃ、しみるっ、……せんせぇぇっ……!」

 

「ほらほらどーした。してほしいことあんなら、ちゃんと俺に命令してくれよ」

 

「~~っ…!!」

 

 宮城の言葉に神経を逆撫でされ、ためらいを忘れた美穂は力強く相手の急所を握った。

 

 偉そうな態度で間接的に自分を意のままにしようとするこの男も、結局の所コレで快楽を得たいだけなのだ。

 

 ――この手で折ってやろうか、それとも食い千切ってやろうか。

 

 美穂の怒りの矛先は、手中に収めた宮城の長物に向けられる。

 

「っ……おい、乱暴だな。強くシコればイイってもんじゃねーぞー」

 

「る、さいなぁっ……、だまって、感じててっ……」

 

 自分の体に及ぼされる感覚を振り払うように、美穂は宮城への攻め手を開始した。

 

 初めのうちは大雑把で、陰茎をつかんだ手をただ上下に動かしていた。

 

 しかし勃起しているとはいえ無反応な宮城に、美穂は5本の指で1本の陰茎を包み込むようにフィットさせ、加減しながら摩擦し工夫を加える。

 

 相変わらずコツをつかむのは上手いようだが、宮城の下半身はよくても、上半身は手持無沙汰だった。

 

 上腕を動かし、美穂に貼った湿布を軽く撫でると「あっ」と甘い声が漏れ、湿布の下では、閉じた花びらがゆっくりと開花していく。

 

 そして獲物を手招きするように淫らに蠢き、涎を垂らして宮城を誘う。

 

「エロいなー美穂。俺の顔にまで愛液たらすなよ」

 

「っ……ん、ぁ、宮城、せんせぇ……っ」

 

「あー? どーした」

 

「……私もっ…、きもちよく、してほしいっ……」

 

「早速おねだり、じゃねーや、命令か。ヤらしーな」

 

「だまってっ……、あっ…ぁ、はやく、して……っ!」

 

「いーけど。オマエ手ェ止まってるから」

 

「やるからぁっ……も、おねがいっ……はやく、してぇ……っ!」

 

 こらえきれなくなったもどかしさを宮城への握力に込めながら、美穂は涙声で要求を“命令”してきた。

 

 しかし具体性がなく、どういった快楽を求めているか不明だ。

 

「何だ? 美穂はどうされたいって?」

 

「はぁっ、はっ、……だからっ、きもちよく、して……」

 

「気持ちよく? どこをどうされたいか分かんねーから聞いてんだけど」

 

「…っ、はぁ…そんなの、っ……ふぁ、アッ……!」

 

 湿布が効いているらしく、美穂は宮城を攻めていた手を止め、何かに耐えるように身震いする。

 

 そして蚊の泣くような声で、懇願を“命令”してきた。

 

「……、れ、て……」

 

「何だ? もう一回言ってくれ」

 

「……ゆび、……い、れて……っ」

 

「何指を? どこに? 何本挿れてほしいって?」

 

「……もぉぉっ……なんでもいいから、あな、にっ……」

 

「穴? ああ、アナルか」

 

「や、やだっ、違うっ……まえのあなぁっ……!」

 

「あー。前の穴ってコッチか」

 

「ひ…っあ、あぁあぁぁ……っ!!」

 

 とりあえず乱暴に突っ込んでみせた人差し指に、美穂の歓声ともとれる声があげられた。

 

 膣内では熱い粘膜が波打つようにうねりながら、吸盤のごとく指にまとわりついて締め上げる。

 

 しかし挿れるだけ挿れて動かさない宮城に、美穂はまたしても恥ずかしい命令の必要性を迫られる。

 

「ぁ……っ、宮城せんせっ……ゆび、うごか、してっ……」

 

「動かしてほしいのか。いーけど、オマエまた手が止まってんだけど」

 

「ちゃんとやるからぁ…っ、はやくしてぇ……っ!!」

 

 再び宮城の屹立をきつく握りしめながら、苛立ちを隠せない様子の美穂に、宮城はおかしさが込み上げ、つい言葉尻にも笑いが交じる。

 

「はいはいっと。動かせばイイんだろォ? ホラよ」

 

「あぁぁっ…ふぁっ、んあぁぁ……っ!!」

 

 適当に指を中で往復させただけで、美穂は背中を仰け反らせて快感を叫んだ。

 

 そしてやはり悶え始めると、宮城へと施す愛撫を忘れたかのように、手を止めてしまう。

 

「……オイ。美穂」

 

「ふ、ぁっ……あっ、何っ……」

 

「お前、シックスナイン下手だな……」

 

「……だ、だってぇ……っ」

 

 性感の塊である小さな突起を、湿布の冷涼効果で性欲を促進され、膣壁の内側で燻る渇望は、宮城の指に荒く掘り起こされる。

 

 快感という感覚に縛られる美穂には、相手のことに気を回す余裕がない。

 

 ――そう仕向けているのは宮城だが。

 

「お前一人で感じてんじゃねーよ。俺を悦ばせる気ゼロか?」

 

「ちがっ…だって、ぁ、あぁっ、ふぁあぁ……っ!!」

 

「いつかの練習しとけよ。憧れのセンパイとの」

 

「やぁァ…っ! そ…んなこと、いま言わないでぇ……っ!!」

 

 ほんの少しからかうつもりが、思いのほか反応を示す美穂に、宮城は自分で言っておきながら苛立ちを感じた。

 

 美穂の心に巣食う邪魔者から、さみしさから――救いだしてやるのは、俺だ。

 

「何だお前。センパイのことで落ち込んでたのか」

 

「ち…が、っ…あ、ん…っそんな、んじゃ……っ」

 

「じゃー想像してみろ。お前の体に触れるこの指が、センパイのだったらどーする」

 

「えっ……ァ、やっ、やあぁっ、ふぁああぁっ……!!」

 

 宮城が湿布の上から親指で淫核を撫でると、美穂は一段と声を弾ませ中を締め付けた。

 

 親指以外の全ての指を挿入させると、結合部から滴り落ちる愛液が脈打つようにあふれ出る。

 

 深々と挿入される指を圧迫する美穂の肉襞に、業を煮やす宮城の愛撫には憎しみが込められる。

 

「なぁ美穂……お前こんなことされたいのか。あの堅実で誠実そうな優男に」

 

「ひっ…あ、はぁぁっ、やっ…め、やぁぁっ……!」

 

「“かわいいよ、淫らな君の姿をもっと見せて”とか、言われたらヤんのかアイツには」

 

「あっ、あぁっ、ふあっ、あぁぁっ……せ、ん、……っ…!!」

 

 ――センパイ、などと言いかけた美穂には、徹底的に追い詰めたところで落してやろう。

 

 イきそうになったところでイかせてやらず、何度も幾度も追い詰め、望む物に手を届かせないようにしてやろう。

 

 クリトリスとヴァギナを弄り、アナルへと通じる狭い道を、舌先で舐って3ヵ所攻めで追い込む。

 

 蟻の戸渡りという敏感な所を撫でられ、ビクンと驚いたはずみで昇りつめようとしたところを見定め、宮城が手を止めようとした、その時。

 

「あっ、あぁぁっ、いっ、いくっ、……せん…っ、せぇえっ……! 宮城せんっ…せ、あぁあぁぁっ……!!」

 

 ――甘ったるい声で人を呼ぶのは、卑怯だ。

 

 心地良い音をもっと聞きたいと、堕とされるのは結局、俺の方。

 

 ったく

 敵わねーな

 

 ビクビクと快楽に果て痙攣を起こす美穂の淫裂に、宮城が自身に興奮を得ながら自信の程を失っていると、美穂が遅れて問いに答えた。

 

「……っちがう、よ……」

 

「? 何だって?」

 

 絶頂の余韻に荒れる吐息を飲み込みながら、美穂は手の中でいきり立つ存在を見つめる。

 

 この昂ぶりは今美穂を欲し、美穂もまた――求めるものをつかんでいる。

 

「……っ、宮城せ…、ん、せぇ……」

 

「何だ」

 

「命令、するから……っ」

 

「何をだよ」

 

「もっと、……ほしい……」

 

 センパイを、か?

 

「宮城先生が、ほしい……っ!」

 

 ‥‥

 よく言うよ

 

 血潮を滾らせる竿を握り締める美穂は、亀頭にそっと口付け、舌先でチロチロとねぶりだす。

 

 やがて亀頭冠までを口腔に含み、カリ首の引っかかりで唾液の音を弾かせる。

 

 徐々に肉棒を咥え込み、やわらかな上唇で裏筋を撫でる美穂に、血潮が沸き立ち硬くなる。

 

 尿道口付近に舌を彷徨わせ、袋にまで手を伸ばして宮城の余裕を奪おうとする美穂に、宮城は相手の要求を探る。

 

「……っ美穂。どうされたいか、命令してみろよ」

 

「…んっ……ぁ、また……なか、もっと、こすって……っ…」

 

「中を? 擦るだけでイイのか?」

 

「っふぁ、あっ、あぁぁっ、んっ……クリ、なめ…て……っ!!」

 

「随分やらしくなったな。湿布の上からか、直接がいいか」

 

「っ…ぁ、ちょくせつっ……ひ、やぁぁっ! もっと、やさしくぅっ…あっ、ぁあっ、ふあぁ……っ!」

 

 湿布をはがしてもメントール効果が持続しているらしい淫核を、舌で根元から小刻みに揺さぶり、宮城はわざと指の数を減らしていく。

 

「あっ、あぁっ、ゆびっ…だめぇっ、増やし、てっ……!」

 

「一本だけじゃ足りねーか。中すげーキツいもんな」

 

「んぁっ、ぁっ、あっ、もっと…っいっぱい、ついてぇぇ……っ!」

 

 一度絶頂を迎えたはずの美穂は、満足するどころかさらなる境地に焦がれ大胆にも積極的になっていく。

 

 悩ましく艶めかしい情交の情痴は、非常に魅力的だ。

 

 快楽を求めて泣く美穂に、――まるで宮城を求め涙していると、錯覚することが出来るから。

 

 可憐な指が、シゴく至極。

 

 性差をじっくり精査する。

 

 蜜路に潜り込ませる密事。

 

 強制的にも引き出す嬌声。

 

 女色を物色する好色――。

 

「ぁあっ、あっ、やぁぁっ、そ…っちは、めーれーいはんっ……!」

 

「アナルはサービスだ。もっと気持ちよくしてほしいだろ?」

 

「やっ、ぁ、だめ、だめぇっ…そんなっ、あぁぁっ、ふあぁぁっ……!!」

 

 後孔に指を突き刺され、膣孔を擦るタイミングとはアンバランスに摩擦されると、不規則な2つの衝撃を受け止めきれず、美穂は泣き喚く。

 

 それでも、もう意識せず宮城への攻め手を休めることのない美穂に、宮城自身も熱い高ぶりを覚える。

 

「……ハ、お前…エロいことされるの相当好きだな」

 

「…っ……ん、ふぁ……っ、す、き…っ」

 

「俺も好きだけどな」

 

「……っぷぁ、は、ぁっ……んっ……」

 

 ――新任保健教諭:宮城慧。

 

 好物は、三度のメシより酒と煙草と女。

 

 それから車。

 

 それから――

 

「美穂も好きだけどな」

 

「――あっ、あぁっ、ふあぁっ……!! だめぇっ…そんな、あっ、あぁぁっ、また、イッ…ちゃあぁぅっ……!!」

 

 お前のことが、好きなんだ――…。

 

「あっ…あぁっ、やっ…ぁぁあんっ、あぁぁぁ――…っ…!!」

 

 感覚の極限に痺れている最中であろう美穂に、前と後の孔へと緩やかに指を往復させ、快感を引き伸ばす。

 

 震える恥核に唇で吸い付くと、美穂は絶頂の余韻に尚も快楽を見付け、声を上擦らせて鳴き続ける。

 

 普段は自分を表に出さない美穂に、こうして無理矢理にでも快楽を与えれば、欲望に正直になり貪淫になる。

 

 ――それは宮城だけが引き出すことの出来る、美穂の自然体。

 

 頬に滴る愛液を指で拭い、舌に舐め取りながら、蜜を味わう宮城はほくそ笑む。

 

 フィジカルな関係

 ラディカルな姦計

 重い想いも、思い思い

 

「……美穂、お前俺をなぐさめてくれるんじゃなかったのか。1人で2回もイきやがって」

 

「はぁっ、はぁっ…、んっ……ぁ、宮城せ…、んせ……ぇ、さっきの……っ」

 

「俺はまだ1回もイかせてもらってねーんだけど。やっぱ美穂の体でイかせてもらうか」

 

「え…あ、やっ…まって、やぁっ、やぁあぁぁ……っ!!」

 

 脱力していた美穂の体をベッドに押し倒し、まだ熱く濡れた肉壁の狭間へと、自分のモノを見せつけながら沈めていく。

 

「あっ、あぁっ、まって宮城せん、せぇっ、……まっ…て、まってぇぇっ……!!」

 

「なんだ? 今さら待ってなんてやらねーぞ」

 

「っ…だって、また、ゴムしないなんてっ……あ、あぁっ、んゃあっ、やぁあぁ……っ!!」

 

 甘い声を弾ませる否定の言葉は、肯定の裏返しと見なす。

 

 互いの敏感な部位で、互いに快楽を生み出すからこそのエロスに、無粋なものは不要。

 

 芙蓉の園で幾度も通い合わせる逢瀬に、どんなに薄い隔たりをも設けるつもりはない。

 

「駄目だな。ちゃんと言えてねー命令には従う気もねーから」

 

「そ…んな、あぁっ……また、めいれいいは、んぁ、あぁ……っ」

 

 抗議しようとした美穂は、制服のリボンを解く宮城に気を取られ、その先を失念する。

 

 宮城はもったいつけるように、ブラウスのボタンを1つ1つ丁寧に外し、ついにはブラをもはぎ取る。

 

 レースの布地に押さえ付けられていた乳房は、解放された途端に大きく揺れ、宮城から与えられる振動と同調して上下する。

 

「や…っ、んっ、は、あぁぁ……っ…!」

 

 さらけ出された胸の弾みを、困惑したように恥じる美穂が頬を赤らめ、――それが宮城の渇望を捲し立てる。

 

 69の形で咥えさせるのもいいが、やはり眼下に美穂を見下ろす挿入が一番。

 

 ――もっと見せろ、俺だけに。

 

 ――もっと求めろ、俺だけを。

 

「んふぁ……っあぁ、あ、あぁぁ……っ!!」

 

 豊かな曲線を描く乳房を手でわしづかむと、素肌はやわらかな弾力で宮城を突き返すようで、握力を加えて揉むと、膣内では宮城自身に圧力を加えてくる。

 

 宮城の手の平では小さな蕾がしこりを持ち始め、指の腹で機敏に揺さぶると、美穂はさらに快楽を毟り取ろうと肉襞をうねらせる。

 

「くっ……相変わらず、美穂のナカはエロいなっ……!」

 

「っは、あ、あぁあぁぁんっ……!! やっ、やぁっ、宮城せんせぇ、ふか…いぃ……っ!!」

 

 宮城がたまらず深淵までを穿つと、美穂はおびえるように体をこわばらせた。

 

 速度を落として最奥をノックするように突くと、美穂が同じタイミングで吐息を弾ませる。

 

「ぁ、あっ、やっ、やあぁっ、おくっ、あたってるぅ…っ、やぁあぁぁ……っ!」

 

「あー、お前の子宮口に当たってるからな。俺のは全部入りきれてねーけど」

 

「ふぁっ、やぁあっ、そんなっ…つかな、いでっ、あっ、あぁっ、あぁん……っ!!」

 

 亀頭で最奥のしこりを突くと、美穂は衝撃に耐えるように、逆手でつかんだシーツを握り締めた。

 

 次々に速度を増すごとに、皺襞の一つ一つが感奮に腫れあがっていく。

 

 深々と突き刺すごとに、陰門は宮城を閉じ込めようと細くなっていく。

 

 その様子に、宮城は外側からも圧迫させようと、美穂の下腹部を手の平で押さえて中を攻め立てる。

 

「やぁっ、あっ、だめぇっ、そ…んな、あぁっ、だめぇっ…あっ、ふぁぁっ……!!」

 

「あっそ。嫌ならやめるけど」

 

「いやぁあぁぁっ、あぁっ……や、いやっ、……やめちゃやぁあぁぁ……っ!!」

 

 自分の腕の下で素直に泣く美穂に、顔がほころぶ。

 

 愚かなほど快楽に溺れ求める姿を、愛しいと思う。

 

 まだ余裕を感じていた宮城は、そんな美穂をもっと引き出そうとし、――ここでミスを犯す。

 

「じゃー美穂、一応お前に主導権あんだから、『イかせて』って命令しろや」

 

「…そ……んな、恥ずかしい主導権いらな、ぁ、…いっ……!」

 

「なんだ。イきたくねーのか?」

 

「ちがっ……あぁっ、あっ、宮城せ、んせぇと…っ、いっしょに、いかせて…ぇ……っ!!」

 

 ――な‥

 

 んだそれ

 

 プツン、と宮城を制していた理性のタガが取り払われ、闇にじっと鳴りを潜めていた雄が、目覚めた。

 

 常識人を装った眼鏡の奥では、狙いを定めた眼睛を光らせ、……美穂は恐怖に似た緊張を覚えて息をのむ。

 

 今までの悪ふざけなどほんの演習だというように、突発的に獰猛な肉食獣と化した宮城は、容赦なく猛烈に美穂を打つ。

 

「宮城せんっ……ぁ、んっ……ふぁ、んんぅっ……!!」

 

 獲物の叫びを塞ぐように、宮城は美穂の唇を奪い、飽き足らず舌までも貪るように乱暴に口付ける。

 

 キスの間にはそれぞれの熱い吐息が入り混じり、離れた後も透明の糸が2人をつなぎ、切れる。

 

「んふぅぅっ……、あ、は……あぁっ、宮城せんっ…あっ、あ、あぁぁ……っ!!」

 

 熱く滾る肉塊に膣を経て子宮ごと揺さぶられ、込み上げる淫らな衝動に、体中の筋肉が強張るのを自覚する。

 

 まるで美穂を食い尽くそうとする宮城の猛々しい進撃に、美穂は感情が高ぶるのを感じた。

 

「ぁ、あっ、んっ……ふぁ、あぁぁっ、あぁぁぁん……っ!!」

 

 いつものように人をからかう様子もなく、ただただ美穂を欲する宮城に、美穂も淫逸を許されたと宮城を求める。

 

 身体の芯が艶事に火照り、行き場を模索するように全身を駆け巡る情欲は、二人で有する秘密の遊戯。

 

「宮城せん、せっ…あっ、あっ、くる、きちゃうよぉっ……ふぁっ、あぁぁ……っ!!」

 

「――っ…は、美穂、……美穂……っ…!」

 

「はあぁんっ、あぁぁ…んっ、あぁ、あぁんっ、ああぁ……っ、宮城せんせぇぇっ……!!」

 

 最後のひと突きを打ち込まれたところで、美穂の体が激しく痙攣し、膣内を圧搾して宮城の射精を促す。

 

 我を忘れて快楽を食い漁っていた宮城は、すんでのところで膣外射精の必要性を思い出し、美穂の腹の上に熱情を放った。

 

「……っ…う、……く……っ」

 

 ‥‥やっべ

 完ッ全に俺

 意識ブッ飛んでた

 

 乱れに乱れた呼吸、流れ落ちる大量の汗を、感覚と一体化していた意識を取り戻してから気付く。

 

 美穂の胸元まで飛び散らせた白濁には、満足を得るどころか興醒めだった。

 

 もっとゆっくりと甘い時間を愉しむつもりが……、夢中になるあまり、欲望に先行した自分に失望した。

 

 ティッシュで後味の悪い後始末をする宮城の下で、美穂はまだ絶頂の余韻にあって、ぐすぐすと泣いていた。

 

 保健室の中でだけ、男と女になる教師と生徒。

 

 ――その時間は、今、恍惚の瞬間をもって締め括られた。

 

 ベッドの上でだけ、時間と快楽を共有する宮城と美穂。

 

 ――その先には、別れという末路しか臨めず、進路も退路も……望めないのに。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「……あーあー。美穂のエロさに催促されて、最速だった」

 

「え。なんで。それ私のせい?」

 

「そーだ。俺を気づかって、そーゆーことにしといてやれや」

 

「先生を気づかってやれって。何それ、どーゆーこと?」

 

 ベッドに腰かけた宮城は、美穂に背を向けたまま頭を抱え込んでいた。

 

 自分を見失うまでに相手を求めるなど、愚かしいにもほどがある。

 

 カッコ悪‥

 アガッてサカった

 童貞中学生かよ

 

 恋に遊ぶことはあっても、恋で身を滅ぼすようなことなど愚かしい。

 

 そういう奴は全員、慕情に溺れるあまり己を見失うのが敗因だ。

 

 まさか自分がそんなヘマをやらかそうとは、……そうだ、先程の失態はどう考えても、やはり美穂のせいだ。

 

「……宮城先生」

 

 だから落ち着け、肩に手を置かれたくらいで動揺したり、そんな素振りを見せたりしてはいけない。

 

「宮城先生ってば」

 

 体をゆすり振り向くよう求められても、到底目を合わせられそうにない、などということを悟られてもいけない。

 

「……あのね……」

 

 背後から心配そうな声をかける美穂の声にも、宮城は罰の悪さから振り返らずにいた。

 

 しかし美穂が口にしたのは、先程の宮城の憂慮への遠慮だった。

 

「ちょっとは……元気、出た?」

 

「……、あ? あー……」

 

 ――そうだ、これは元々、美穂をなぐさめるためにしたことだ。

 

 宮城は隠れて深呼吸をし、なるべく得意げな顔を作り美穂を振り向くと、彼女の頭の上に手の平を乗せ、余裕を繕う。

 

 まだ乱れたシーツの上で、胸元を隠しただけの白い肩や太股が視界に眩しく映っても、美穂の瞳だけを見つめることに努めながら。

 

「そうだ。美穂のせいで、元気と精子が出すぎたんだっつーの」

 

「な、にそれっ。なんで私のせいなのっ」

 

 怒ったように笑う美穂に宮城も、当本人への配慮を省慮する。

 

「そんで、お前はどうなんだ。少しは元気出たのか?」

 

「……、え?」

 

 美穂はそこで初めて、「俺をなぐさめろ」という宮城の言葉が、実は自分に向けられていたことに気付いた。

 

 そうして美穂をなぐさめるはずが、最後は宮城自身が夢中になったことを悔いている、とも気付いた。

 

 ――そのことが、逆に美穂を元気づける。

 

「……うん。もう、大丈夫」

 

「そうか。そらよかったな」

 

「私がさみしかったのは、宮城先生のことだもん」

 

「あ? 何? 俺?」

 

「あ、えっとっ……宮城先生、他の女の人と別れたって言うから……、私もそのうち捨てられるのかなって……」

 

 何だ、そんなことか。

 

 だから気付けよ、美穂のために別れたんだっつーの。

 

 ……あーそーかよ、不安にさせたのは俺のせいかよ、悪かったよ。

 

「バカだなお前。俺が美穂を捨てるなんてこと、絶対ねーよ」

 

「そっか。なら、いいんだ。安心した」

 

「つーか美穂が俺を捨てんじゃねーの、卒業とともにポイッてな」

 

「そんなことしないよ。……卒業しても、会っていいって話だったら、だけど……」

 

「……あー、いんじゃねーの、別に」

 

「いいの? じゃあ、よかった」

 

「……」

 

 ……あーそーかよ、よかったのかよ、よかったよかった。

 

 なんだこのゆるい会話は、体がむずがゆい、虫唾が走る。

 

 宮城はくしゃくしゃと頭をかき、視線を窓の外へと逃がすことで、小っ恥ずかしい会話から脱した。

 

 卒業ったって1年以上も先だろが、誤解を招く言い方しやがって、俺が妙な勘違いしたらどうすんだ。

 

 恋愛感情がないなら、思わせぶりなことをして、相手に期待を抱かせない方がいい。

 

 ……そうだ、この流れはまるで恋の駆け引きをする男女のそれだ。

 

 いや違う、こんなの挨拶みたいなもんだ、または哀しいかな、美穂からの「当面セフレ」宣言。

 

 この後どーする、また押し倒してヤればいいのか、いや待て、一度区切りがついたのにそれはおかしい。

 

 落ち着け宮城慧、お前は教師であり大人の男で、美穂は生徒で子供、だが、女。

 

 喫煙を理由にベッドを降りて距離を置けばいいのか、ダジャレでもぬかしてこの雰囲気を切り替えるのがいいのか。

 

 ……しかし逃げ出さずとも、この気まずいながらも甘酸っぱい流れを、もう少し美穂と分かち合っていたいような……。

 

「ねぇ。宮城先生」

 

 頭の中でぐるぐると思慮を巡らせていた宮城は、名を呼ばれ取りあえず美穂の方に顔を向ける。

 

 すると美穂から唇を押し当てられ、はにかむ笑顔に見とれるあまり、突然のボディタッチがキスだと気付くまでに5秒ほど要した。

 

 不覚にも唇を奪われた宮城は、制服を着用しようとした美穂の腕をつかみ、引き寄せて花唇に貪りつく。

 

 考える前に体が動いていたことに気付きながら、宮城はそのまま美穂を抱き締め深く口付けた。

 

 ……終わった後にキスするなんて、恋人じゃあるまいし。

 

 それでも美穂も宮城に応じて舌を絡めるから、快感とは別にお互いを求め合うようで、下手な会話よりよほど上手に事が運べる。

 

 ――この腕に抱く愛おしき存在を、どうしてみずから手放すことが出来ようか。

 

 願わくば、この想いに狂う前に、どうか早めにお前が俺を捨てろ。

 

 恋じゃないというのなら、互いの傷が深まる前に俺を突き離せ。

 

 さもなければ……

 

 俺は自分と同じ快楽と同じ喜び、そして同じ苦しみを、美穂に与えるよう仕向けてしまうだろう……。

 

「んっ……ぅ、……ん……っ」

 

 混ざり合う吐息と絡める舌の、熱く柔らかな感触の虜になる。

 

 想いの行方は霧中でも、一人の女に夢中になるのは、恋ゆえに――…。

 

「……息っ…、くるしっ……」

 

 延々と繰り返されるキスに、呼吸を荒げた美穂は音を上げた。

 

 その声に、口付けに酔い痴れていた宮城はやっと正気に返る。

 

 ‥‥やっべ

 チューに熱中

 しすぎた

 

 息を切らす美穂を胸に抱えることで、宮城は自分の動揺を隠した。

 

 たかがキスに陶然としたことを、当然、気付かせてはいけない。

 

「……宮城せんせ、どーしたの……? 今日なんか、その……」

 

 熱烈なキスに脱力した美穂は、可憐な唇から濡れた息を交じえ、麗しの声を発する。

 

「……相当、たまってたの?」

 

「相当たまってた言うな」

 

 ガッツいたと思われるとは、カッコつけられたものじゃない。

 

 しかし、美穂とのキスにのめりこんでしまったのは事実。

 

 なんという恋愛初心者だ、ヘタレもいいところだな。

 

「でも……」

 

 ふと見下ろすと、美穂の髪には艶の光輪が浮かび上がっていた。

 

 何かを言いかけた美穂の言葉を待ち、宮城の目が天使の輪をたどっていると、美穂は宮城に体重を預けた。

 

「宮城先生が……性欲処理でも、私のこと求めてくれるの、うれしい」

 

「んだとコラ。ずいぶんな言い方だな。俺を性欲のカタマリだとでも思ってんのか」

 

「だって、私の体だけでも、必要としてくれてるのかなって」

 

「オマエ、何もわかってねーな……」

 

 ひどい誤解を受け、半ばあきれながら、宮城は美穂の髪に唇を落とす。

 

「俺はな、美穂自身を必要としてんだよ」

 

 性欲処理など、その気になれば一人でも出来るが、この恋と愛欲は美穂に対して芽生えるもの。

 

 男がこれだけ行動と態度で示してんだ、女ならそこんとこ汲んでやれよ。

 

 行動と態度って、まぁ今は声にも出したけど……

 

「……宮城先生……」

 

 ――俺は今、何て口走った!?

 

「私も……宮城先生のこと、必要……みたい」

 

 ――美穂は今、何て言ったんだ。

 

 顔を上げ、すがるような眼差しで宮城を見つめる美穂は、気のせいか熱視線を送っているように見える。

 

「……」

 

 ……アレ?

 

 何だこの見つめ合いは、見つめ愛か?

 

 大当たり確定か?

 

 もう恋愛フラグ立ってんじゃねーの?

 

 いや待て早まるな、憧れの先輩はどーした。

 

 奴とは美穂の姉が付き合い始め、美穂の傷が癒えるのを待とうとしたが、もう吹っ切れたのか?

 

 では何を言えばいい、アレか、……告白とやらか?

 

 美穂の目を見て、今まで隠してきた秘密を明かせというのか。

 

 くっ……、すげープレッシャーだ。

 

 もし好きだとぬかしてハズしたら、宮城慧一生の恥だ。

 

 しかし、それでも……。

 

「――…、美穂」

 

「宮城先生……」

 

 ベッドの上で抱き合い、無駄な言葉はなく、ただ互いの瞳を見つめ合う。

 

 ゆるくも甘ったるいこの空気が錯覚でなければ、美穂も今、同じ気持ちでいるのかも知れない。

 

 ……確かめたい、伝えたい。

 

 思えば惚れた自覚はあっても、肝心なことは何一つしてこなかった。

 

 カッコ悪くても美穂を手に入れるためなら、なりふりなど構っていられない。

 

 今ならきっと言える、今でなければ、美穂を逃してしまいそうで……

 

 宮城は決意を固め、美穂の両肩をつかみ、一つ小さな深呼吸の後、秘かに大きく息をのむ。

 

 痛いほどに逸る動悸が鎮まなくても、美穂との関係は沈めないように……。

 

「美穂」

 

「……な、なに」

 

「お、俺な」

 

「……は、はい」

 

「あー…、実は……」

 

「――先生! せんせーい!! 宮城せんせーい!!!!」

 

 ドンドン、ドンドン、とドアを殴るように連打する、突然の訪問者。

 

 緊迫した空気を破る怒鳴りに決意をそがれ、宮城はドアに浮かぶ人影をジロリと睨んだ。

 

 しかし相手はかなり慌てているようで、曇りガラスを割る勢いで殴り続ける。

 

「先生……っ! いねーのかよ、頼むよ、ケガしてんだよ、大ケガ……!!」

 

「――なにィ?」

 

 思わず美穂を振り返ると、「早く!」と言いながら制服を着用していたところだった。

 

 そうだ、急がなければ……

 

 ケガの程度はどうだ、一体誰が、何があった――…!?

 

 宮城は襟を正し、開錠してドアを開けると、重傷人がいると思われた廊下には、一見無傷そのものにみえる男子生徒がいた。

 

 なぜ健康体に見えたかは、ニンマリと笑う坊主頭の少年には、どこにも血や汚れなど確認できなかったからだ。

 

「……何だ。誰だお前」

 

「だ、誰だってことはないっしょー! 俺ですって、生徒会長の村瀬ッス!」

 

「で。ケガ人はどーした」

 

「あ、俺です。ココのですね、ココロがケガしちゃっ」

 

 自分の胸を指差す村瀬に対し、ピシャリとドアを閉じ、宮城は耳に戯言を入れることを拒んだ。

 

 再びドンドンとドアを叩く村瀬に、ベッドからやってきた美穂が首をかしげる。

 

「なに? どうしたの? ケガ人は?」

 

「狼少年だ」

 

「は?」

 

「いねーよ、ケガ人なんて」

 

「――だからケガならしてますってー! 早く診てくださいよー、宮城先生ー!!」

 

 ‥‥チッ

 あの野郎

 

 何がケガだ、俺と美穂のひとときを汚しやがって。

 

 ザコに付き合っている暇などない。

 

 が、あまりにも村瀬が廊下で騒ぐため、宮城は仕方なく鍵を開けてやることにした。

 

 村瀬は保健室に入るなり宮城と美穂を見比べ、「あっれ~?」などと言いながら、わざとらしく首をひねる。

 

「2人きりで鍵かけちゃってー、何してたんスか。俺もしかして邪魔っスかー?」

 

「あー邪魔だよ、っとによー。最近はお前のように無駄にここに来る生徒が多いんだ。用がないなら帰れ」

 

「白鳥美穂は? そいつは特別なんスか」

 

「生徒が保健室に来る事情を、他の奴にペラペラ話せるか。生徒会長がプライバシーの侵害もわきまえないとは心外だな」

 

「いやー、あっ先生、白衣が珍しくシワになってますけど。どーしたんスか」

 

「お前がケガっつーから慌てたんだ。そうだ村瀬、治療が必要だったな。硫酸で消毒してやるよ」

 

「り、硫酸!? ちょっ…俺、溶けますって、やめてくださいって!」

 

 硫酸で人体が溶けることはないが、薬棚から適当なビンをつかんで歩み寄る宮城に、村瀬は必死で逃げ回る。

 

 宮城と村瀬の会話をよそに、美穂は我関せずという様子でベッドに腰掛けていた。

 

 ……というより、汚れたベッドのシーツを隠していた。

 

 村瀬はそんな美穂にチラチラと視線を送りながら、今度は質問を変えてくる。

 

「宮城先生。ちょっと聞いてもいいっスか?」

 

「さっきから質問攻めじゃねーか。何だよ」

 

「あのー、もしかして、先生は美穂のこと好きなんスか」

 

 ‥‥来たな

 村瀬め

 

「ああ。当たり前だろ」

 

 そんな手に乗ると思うな。

 

「俺はお前ら生徒、みんな大切だ」

 

「……宮城先生が言うと、うさんくさいっスね」

 

「何だとコラ。あー、女子生徒限定っての忘れたわ」

 

「……」

 

 恐らく村瀬は、宮城と美穂の仲を怪しいと勘ぐっている、いやほぼ確信している。

 

 動揺を誘いボロを出そうとしているようだが、そうはいくか。

 

「お前はどーなんだ。村瀬」

 

「……お、俺が何スか」

 

「お前もしかしなくても、美穂のこと好きだろ」

 

「……す、す、すきっスけど」

 

 ‥‥へぇ

 言いやがった

 

「好きっスけど!!」

 

 うるせー

 二回言うな

 

 俺の方が美穂を好きだ。

 

 村瀬はベッドの方向に視線を向け、宮城への宣戦布告と、美穂への告白を同時にする。

 

 が、美穂の返事は、迷う間もなかったようだ。

 

「ごめん。無理」

 

「たはー…、やっぱ無理かー、ははー……」

 

 村瀬、撃沈。

 

 ――と思われたが、村瀬の攻撃は、ここからだった。

 

「……宮城先生ー。先生は誰かを好きになったら、結婚前提に付き合うんスか」

 

「何だ急に。大袈裟だな」

 

「俺なら最初から結婚のこと考えますけど」

 

「村瀬。お前も男なら簡単に口にするな。あれはそんな甘いもんじゃねー」

 

 結婚と未来を示唆することで、恋愛に真剣味をもたせるつもりか?

 

 住むとこ食うもの着るもの、親が汗水たらして働いた金を食いつぶす子供の分際で、何が結婚だ。

 

 結婚は2人だけの問題ではない。

 

 家庭を築いて守り、それに関わる家の事情、親族、出産すれば子育て、親の老後、夫婦の老後……その他全てを背負うこと。

 

 お前には、人生規模の覚悟があるか?

 

「……って、説明すんのも面倒くせー。とにかく結婚ってのは大変なんだ」

 

 どーせ半分も理解出来ずに、何とかなると思ってんだろ。

 

「愛があれば、何とかなりますって」

 

「お前、数ヶ月で離婚するタイプだな……」

 

 どうやら村瀬は、考えるよりも感情で動くタイプのようだ。

 

 つまり宮城とは対極の位置にある。

 

 根本から違うタイプの人間と話しても埒が明かない、と煙草に火を付ける宮城に、村瀬は勝手な語釈をする。

 

「宮城先生は結婚が嫌なんスか。じゃあ誰かと付き合っても、いつかは別れるってことっスか」

 

「そうは言ってねーだろ。可能性がありゃ、いつかはそー……」

 

「白鳥美穂! 俺なら結婚だって考える! だからっ」

 

 人に話を振っておいて無視した上に、今度はプロポーズか。

 

 美穂の返事は、以下同文。

 

「ごめん。無理。重い」

 

 村瀬、玉砕。

 

 フラれると分かっていながら挑む熱意は、若さならではか。

 

「じゃあ、忘れてくれ……。それとは別で、生徒会の件だけどさ」

 

 立ち直りと切り替えが早いな、若者。

 

「あれから生徒会役員のこと、ちっとは考えてくれた? 俺いつでも大歓迎なんだけど」

 

「……あ、えーっと……」

 

 二度も村瀬を振った美穂は、さすがに今度は断れなかったのか。

 

 それとも、本当に迷っていたのか。

 

 返事をにごし、明言を避ける。

 

「白鳥美穂はさ、宮城先生といるから周りの反感買って孤立してるだろ? だから」

 

「……違う。私が一人でいるだけだし」

 

「一人なんてさみしーだろ? 生徒会に入ってさ、もっと学校行事とか関われば変わるって!」

 

 村瀬め‥‥

 結局のところ

 勧誘が目的か?

 

「保健室に閉じこもってないでさ、もっと生徒と一緒にいた方がいーって。ですよね、宮城先生!」

 

「……」

 

 タバコの煙を窓の外に逃がす宮城を、美穂が見ていることは知っているが、目を合わせるわけにはいかない。

 

 そんなことをしたら、恋人同士の目配せだと誤解される。

 

 そうだ、誤解だ――…、俺たちは恋人じゃない。

 

「宮城先生! 先生だって、そう思うっしょ!?」

 

 生徒会長の言い分には「教師」である以上、反対するわけにいかない。

 

 男としては、美穂を一人占めしておきたいのが本音だが……。

 

「村瀬、強制すんな。美穂の好きにさせろ」

 

 これが精一杯だ。

 

「ほらな白鳥美穂。どっちでもーってよ、宮城先生も」

 

「……」

 

 くっ、

 コイツ‥‥

 

 ――そうか、そういう魂胆か。

 

 相手を村瀬とあなどり、過小評価していたが……

 

 村瀬は奇しくも、美穂の憧れだった前生徒会長の推薦で後を引き継いだ男。

 

 宮城のイメージを『結婚は考えない=付きあってもいつかは別れる』、『美穂が生徒会に入るのを止めない』とさせる。

 

 自分の恋の成就ではなく、まずは美穂を保健室から遠ざけるのが狙いだ。

 

 まさか二代に渡り、生徒会長の存在が立ちふさがるとは……。

 

「美穂もさ、いつまでも宮城先生の邪魔したら悪いだろ? 先生と生徒の変な噂とか立ったらヤベーって」

 

「……」

 

 美穂呼ばわりするな

 ザコが

 

 おまけに『先生と生徒の噂はまずい』などとあおりやがって。

 

 ……いや、それでも村瀬など敵ではない。

 

 が、下手に口を挟めないのは、やや不利だ。

 

 あー‥美穂

 俺のロゴスも

 受け取ってほしいっス

 

「俺は生徒会長として、白鳥美穂のことが心配だしさ」

 

 村瀬はいつになく強気な面持ちで、美穂から振り向きざま、宮城に挑戦的な視線を向ける。

 

「――だから宮城先生のこと、絶対に応援出来ないスから」

 

 憧れの先輩をエサに、美穂を自分のテリトリーに引き込む計略。

 

 保健室に出入りする生徒の孤立は当然、教師の落ち度。

 

 いずれ宮城は注意を受けるだろう、それが奴の切り札。

 

 ……どう考えても、ここは宮城の負けだ。

 

「俺の応援て。何だそりゃ」

 

 気のない返事をし、宮城は相手を小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

 挑発には乗らない様子に、村瀬はこれ以上の追撃は無駄、または充分と思ったか。

 

「じゃっ、追い出される前に戻ります。白鳥美穂も、あんましサボッてんなよっ」

 

 そう言い残して保健室を後にする村瀬を、宮城は改めてザコめ、と舌打ちした。

 

「……どーすんだ美穂。あの分じゃこれからも村瀬は付きまとうぞ」

 

 再び2人になった室内をウロウロする宮城に、美穂は「別に」と答えただけだった。

 

 嵐の到来を知らせるような、村瀬の起こした小波を互いに見落としたまま。

 

「美穂、お前はどうしたいんだ」

 

「……さぁ」

 

「さぁじゃねーだろ。生徒会に入りたいのかって聞い」

 

「結婚とか」

 

「あ?」

 

「そこまで言えるのは、すごいと思う」

 

 ‥‥さけたのに

 話題を戻すな

 

 不機嫌さも手伝い、宮城は灰皿に煙草を押し付けた指で次の煙草に火をつける。

 

「結婚がどーした。お前もそんなんで本気度をはかるな」

 

「宮城先生こそ、結婚が何か分かるっていうの?」

 

「あのガキよりはな。結婚ってのは人生の覚悟を決めることだ」

 

「覚悟って。そんなの、夢なさすぎ」

 

「夢みてんじゃねー、現実だ。お前だって結婚前提で男と付き合うわけじゃねーだろ」

 

「何その言い方。宮城先生と違って、そこまで言えるのがすごいって言ってるの」

 

「俺と違う? 違わねーよ、男は口先だけで何とでも言うさ。お前こそ俺を責めてんのか」

 

「そっちが突っかかるんだよ。けどそーだよね、宮城先生は大人だし女の人たくさんいるもんね」

 

「終わったっつったろ、俺を引き合いに出すな。……やめよう、これ以上はケンカになる」

 

「は? ケンカじゃないし。なんで途中でやめるの? それも大人ってわけ?」

 

 早口になる宮城につられ、美穂も次第に声色に苛立ちを見せる。

 

 せっかく想いを告げようとしたのに、――問題はそれだけではなくなってしまった。

 

 村瀬が恋愛の先を指摘したから、ややこしいことになったんだ。

 

「宮城先生は、その場だけの恋愛を楽しんでるの? 私もそういうこと?」

 

 ‥‥

 ほら来た

 

「そうは言ってねーだろ。俺はなァ……」

 

「何。俺は? 何?」

 

「……聞きたいのかよ」

 

「聞きたい。言って」

 

「だから。俺は、あー……」

 

 言い淀む宮城に、美穂は不信感をあらわにする。

 

 色々と女をたらしこんでいた宮城も、今は美穂一人が恋しい。

 

 わがままに女たらしめる、その全てが愛おしい。

 

 ……だから耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ。

 

 さっきの続きを教えてやる。

 

「美穂。俺は、結構マジで美穂が好きだ」

 

 ……照れが入った。

 

 “結構”は余計だ。

 

「今だけ、って意味で?」

 

「あのなァ、そんなんじゃねーって、だから俺はっ……」

 

 啖呵を切るように声を荒げたことに気付き、宮城はそれを中断した。

 

 意を決したはずの告白が、相手に届かない。

 

 村瀬のせいで『結婚を踏まえない=遊び』の図式が出来あがり、好きという言葉だけでは重みがないのだ。

 

 ……冷静になれ、自分を見失うな、我を忘れるな。

 

 以前もそうしてケンカをしたんだ、落ち着け、大人になれ。

 

「結婚は別として、結構マジってこった」

 

「……」

 

 ため息交じりの返答に、ベッドに腰かけていた美穂は脚を組み直した。

 

 そして瞳を細め、宮城に軽蔑のまなざしを送る。

 

「じゃあ私も、そういう意味なら……宮城先生が、結構好き」

 

「……何だそれ」

 

 そういう意味って、結構って何だ、全然伝わってねーじゃねーか。

 

 なのに「好き」と返すのは、美穂はそれに同意するわけか。

 

 お前はそんな都合のいい女になるな。

 

 お前まで、物分かりのいい女になるなよ……!

 

 ……ああ、違うな。

 

 そう教育したのは俺だ。

 

 では、どうすれば伝わる?

 

 結婚したいほど好きだ、付き合え、と?

 

 だがそれは虚言になる。

 

「生徒会はどうすんだ」

 

 これ以上こじれないようにと、宮城は話の争点を戻す。

 

「お前、迷ってんだろ。返事を待たす間中あの野郎がつきまとうぞ」

 

「……宮城先生がやめろって言ったら、やめる」

 

「俺に答えをゆだねるな。そーゆー決断はテメェでしろ」

 

 宮城の突き付けた指の先で紫煙が揺らぎ、美穂の表情を曇らせる。

 

 ――村瀬は、教師が指摘すべきことを代弁していた。

 

 美穂はもっと学校に馴染んだ方がいいと。

 

 その妨げこそが、宮城だと。

 

「美穂。お前毎日登校してくるのは、本当は他の生徒の仲間入りしたいんだろ」

 

「……何、突然」

 

「そんな天邪鬼に生徒会ってのは、確かにいい口実だろーな」

 

「何なの。今度は説教のつもり?」

 

 美穂の気持ちを知りたいから、とは言えない卑屈さ。

 

 村瀬のように、素直には言えないからさ。

 

「正直に言ってみろよ。生徒会に入りたいのか、入りたくねーのか」

 

「……」

 

「お前が一人でも平気ってんならいーけどな」

 

「……一人がいい、わけ、ないよ……」

 

 視線を落とし、か細い声で弱音を捻出する美穂。

 

 いつも明確な意思表示をしていた美穂が、村瀬の勧誘を断らなかったのはつまり、そういうこと。

 

 ――なら答えは決まりだな。

 

「分かった。美穂、お前もうここ来るな」

 

「え……」

 

「生徒会の人間が授業をサボるわけにも、保健室に入り浸るわけにもいかねーだろ。まわりの生徒に示しがつかねー」

 

「何それ、何で……っ」

 

「高校生活は今だけだ。毎日を無駄に過ごすな。誰かと関わって傷つくのを恐れるな。もっと楽しめ」

 

「何…急に先生ぶってるの? 今までそんなこと……っ」

 

「今しか出来ないことを経験した方がいい。村瀬はそれをよく分かってる。だからもう来るなってことだ」

 

「そんな、私が邪魔になったの……!?」

 

「ちげーよ。お前のために言ってんだ、分かるだろ」

 

「分かんないよ、宮城先生が何考えてるか、全然分かんない……!!」

 

 突き放すような宮城の言い回しに、美穂は単に迷惑がられていると受け取ったようだ。

 

 ……俺の考え?

 

 そんなもん、いたって簡単だろーが。

 

 ここに残れよ

 生徒会なんかに

 入るなよ

 

 俺は、お前に選んで欲しいんだ。

 

 生徒会室か、保健室か。

 

 アイツか、俺か。

 

 ここにとどまれば、美穂はいつまでたっても他の生徒と打ち解けられないだろう。

 

 その上で俺のところに来るというなら、いいさ。

 

 教師だの生徒だのくらだねー縛りなんざいつでも放り出してやる。

 

 俺は全力で、美穂を守る。

 

「……宮城先生は、それでいいの?」

 

「あ? 何が」

 

「私のこと、引きとめてくれないの?」

 

「引き止めてほしいのか?」

 

「……、私は……」

 

 美穂は?

 

 お前は自分の意思で、ここに残るなり行くなりを決めろ。

 

 迷いながらも引き止めてほしいなら、そう言え。

 

 ……そうしてほしいのは、俺だ。

 

 ここに残るのなら秘密を守るために、生徒会、友達、学校での全てを捨てろということだ。

 

 その覚悟が、お前にはあるか?

 

「……もし生徒会入っても、たまになら来てもいい?」

 

「二度と来るな。ケガとか病気の治療以外は立入禁止だ」

 

「っそれなら、学校の外で会う、とか……」

 

「んな中途半端は駄目だ」

 

「何でっ……宮城先生、私を追い出したいの……!?」

 

 突然突き付けられた選択に戸惑い、美穂は喋りながら涙を落した。

 

 分かりきったことだろうと宮城は答えず、煙草を深く吸い込み、ため息のように長く息を吐く。

 

「そっか……、分かった」

 

 ……そうだろう、今度こそ分かってくれただろう。

 

 「生徒会に入るな」などと、教師としても男としても言えるわけないだろ。

 

 美穂がベッドから降り、宮城の元へと歩み寄ってきた。

 

 気持ちが伝わったと宮城も歩み寄り、差し出された手に腕を伸ばす。

 

「宮城先生……、もっとうまく、私をだましてくれたらよかったのに」

 

 手の平に落ちてきた、冷たく小さな重み。

 

 それはかつて美穂に渡した、保健室の合鍵。

 

「……、お前」

 

「じゃあね、宮城先生」

 

 真っ直ぐな視線に、宮城は「待て」とは言えなかった。

 

 「それは誤解だ」、とも。

 

 鍵を手にしたまま立ち尽くす宮城を背に、美穂はドアを開けて廊下に出ていく。

 

 待て、

 それは誤解だ

 

 ――美穂が決めたことだ、引き止めてどうする。

 

 ドアの向こうに消える後ろ髪、その最後の一瞬まで、宮城は突っ立ったまま美穂を見送った。

 

 引き止めたら自ら展開した議論を破綻させるし、それはプライドが許さない。

 

 そうやって宮城は、完全に扉が閉ざされるまで冷静に体面を取り繕っていた。

 

 しかし手の中に握る鍵の重みに、改めて突然の終わりを思い知る。

 

 ――なぜこうなった?

 

 美穂のためを思ったまでだ。

 

 他の生徒に馴染めない、その機会を奪っていたのは俺だ。

 

 人付き合いが煩わしいと放りだすのは簡単だ、防御や保身にまわるのは大人になってからでいい。

 

 孤独に慣れるな、強がるな、これからはもっとたくさんの出会いと経験を――…。

 

 ――「宮城先生」

 

 ――「白衣、脱いでよ」

 

 ――「私……またここきても、いい?」

 

 普段は心を閉ざしたままの、無口で無愛想な一生徒。

 

 そんな美穂に近付いたのは、無垢な笑顔を知ったから。

 

 この狭い保健室に美穂を囲い、誰ともつながりを断たせていたのは俺だ。

 

 ……その証拠に、もう美穂が恋しい。

 

 勢いよくドアを開け、今さらながら廊下に出るも、すでに美穂の姿はなかった。

 

 美穂が泣いているような気がして、あとを追いかけようにも、どこに行ったのか見当が付かなかった。

 

 ……本当に出ていきやがって、俺を一人にする気か。

 

 ああ、俺こそが元々一人だった。

 

 他にどうすれば良かった?

 

 曖昧な関係を続けても、いつかはこうなることは分かっていたはず。

 

 もっと泥沼な結末なら想定した、唐突な終わりを受け入れられないだけ。

 

 本当に、これでよかったのか?

 

 納得いかないなら、言えば良かったのだ。

 

 なぐさめたかったと、優しくしたかったんだと。

 

 ――好きなんだと。

 

 それの何を隠した?

 

 お互い体をつなげていれば絆が見えた気がした。

 

 でも、だが…違う、それは違う、ただ孤独を癒す時間を共有していただけだ……。

 

 窓の外では、小さな雫たちの音が静かに鳴っていた。

 

 雨音がするのに『静か』とはどういうことだ。

 

 ああ、美穂がいないからだ。

 

 疼きのような苛立ちが込み上げ、イライラと不快感がつのる。

 

 ニコチンを求めてポケットを探るも、灰皿では最後の煙草が燃え尽き、ハイになっていた気分が灰になる。

 

 天気予報通りの雷雨が近付き、幾粒もの雨が激しく窓を叩く。

 

 もっと強く吹き荒れればいい。

 

 どうしようもない、水嵩ばかりが増す痛みを、胸につかえる堰を流し去ってくれ。

 

 怒涛のように叩きつけ、俺を責めてくれ。

 不器用に描いた楽譜

 不協和音な旋律音階

 

 五線譜に散らばる音符が、読みとれない。

 

 ラブソングを知らないから、上手く弾けない――。

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